経済産業省が発表した「2025年の崖」レポートが大きな話題になるなど、日本企業の「DX(Digital Transformation:)の遅れ」を危惧する声が後を絶ちません。ガートナー ジャパンが世界のCIOを対象に実施した「2021年のCIOアジェンダ・サーベイ」も、「日本は世界のトレンドラインより約2年の遅れをとっている」という見解を示しており、取り組みの遅れはもはや「待ったなし」の状況です。
なぜ、日本のDXは進まないのでしょうか——。その理由として「トップのビジョン、つまり「ビジネス」と「IT」をつなぎ、さらにそれを“実行可能なITのグランドデザイン”に落とし込める『軍師』が足りないこと」を挙げるのが、AWS Hero、AWS SAMURAIの称号を持つ、オプターク代表の丸本健二郎氏です。
さまざまな企業で「トップのビジョンをITで解決できる形」に整え、運用までを考えたプロジェクトとして現場に落とし込む役割を担うことで、企業のDXを成功に導いている丸本氏に、DXを実行する上で「軍師」が欠かせない理由と具体的な役割、その育成方法についてお聞きしました。
オプターク 丸本健二郎氏プロフィール:2005年、大学の情報学部を卒業し大阪のSIerに就職。人事パッケージの導入支援コンサルティングに携わる。2008年、日本オラクルに移り大手企業を対象とした人事給与システムなどの構築に従事。2012年、大創産業の情報システム部門に転職。入社後はシステムの内製化を推進し、Amazon Redshift を用いた自動発注システムなどの構築に尽力。その後も POSデータ集中処理システム構築やBI環境の整備などを通じて、クラウドシフトに取り組む。2019年、オプターク合同会社を創業し、企業のDX支援に取り組んでいる。2020年、県立広島大学大学院経営管理研究科を修了。2018年にAWS Samurai、2021年にAWS Heroに選出される。
日本企業に足りないのは、トップとIT現場の間を橋渡しする存在
—— DXを目指す企業から引っ張りだこの丸本さんですが、どのようなスキルがDXを推進する企業から評価されているのでしょうか。
丸本健二郎: さまざまな企業のトップやCIOの補佐として、その企業の大まかなシステム戦略を描くスキルですね。個人的にはこれを「グランドデザインを描く仕事」と呼んでいます。
もう少し具体的に説明すると、経営層やCIOは、事業戦略やシステム戦略の大きなビジョンを描いて「ITを使ってこんなことを実現したい」「こんな世界を創り上げたい」という大まかなイメージを持っています。つまり1から10までのプロセスがあるとすると、「0から1」を作り出すビジョンは持っているわけです。
一方、情報システム部門やSI企業をはじめとするITの現場の人たちは、ビジョンをある程度システムの姿まで落とし込んだ状態から実際のシステムを構築する、いわば「3から10」を実行する能力は持っています。
── 「1から3」の部分が抜け落ちていますね。
丸本健二郎: そう、パズルのピースが欠けているんです。現在、私が手掛けているのは、その欠けているピースを埋めるための仕事で、ビジョナリーが語る「0から1」の話を、実際のシステムに当てはめた「大まかな絵」に落とし込んで「3から10」を実行する人たちに渡してあげる、いわば橋渡しの役割です。
経営トップやCIOが、いくら現場の人たちに抽象的なビジョンの話をしても、そもそもIT現場の人は経営やビジネスのバックグラウンドがないことが多いこともあり、何を言っているのかなかなか理解できません。最悪の場合、「上の連中はいつも好き勝手ばかり言う」「言うことがころころ変わるし、現場のことを何も理解できていない」と溝が深まるばかりです。
実際、さまざまな企業や組織のシステム構築プロジェクトのお手伝いをさせていただく中で、こうした実情を数多く見聞きしてきたので、「トップの話を“現場が理解できる絵や言葉に翻訳する”という活動には、きっとニーズがあるのではないか?」と考え、「トップのビジョンを元に、グランドデザインを描く活動」に力を入れるようになりました。
経営層やCIOの「軍師」としてビジョンを具体的な絵に落とし込む
── 「トップのビジョンを元にグランドデザインを描くこと」の重要性について、もう少し具体的に教えてください。
丸本健二郎: 経営層はITの専門家ではありませんし、私は、彼らが「必ずしもITに詳しくなる必要もない」と思っています。ただ、経営戦略の一環として「ITを使ってこんな方向に行きたい」「こんな世界観を実現したい」という漠然とした思いやビジョンは描いています。これを、そのまま言葉で表現しても曖昧模糊としていますし、表現も抽象的で具体性に欠けているので、そのままではITの現場には伝わりません。
そこで、私のような人間が間に入って、経営の思いやビジョンをヒアリングして、それをシステムのラフなデザインまで落とし込んで絵や言葉で表現するわけです。これを上の人間に見せると「ああ、まさにこういうことが言いたかったんだ!」と喜んでくれますし、現場の人たちに見せると「ああ、上の人間はこういうことが言いたかったのか!」とお互い理解してくれます。
こうして「上と現場の間の断絶状態」を解消し、「橋を架ける」ことで、プロジェクトが走り出す状態まで持っていくのが私の役割です。
—— 日本企業が海外と比べてIT化に遅れをとっているのは、SIerに大きく依存し続けてきた結果、社内でこうした「橋渡し役」の人材が育たなかったのが原因なのかもしれませんね。
丸本健二郎: そうかもしれません。実際、こういう役回りができる人材は、私が知る限り驚くほど少ないですね。だからこそ希少性や価値があると思っていますし、おかげさまで多くの企業や団体からお声がけいただいています。
私自身、組織のトップとして大きなビジョンを描くより、そうした人の右腕となってビジョンを具体的な絵やプランに落とし込む能力に長けていると思っています。言ってみれば「君子」にはなれないけど「軍師」にはなれるといったところでしょうか。
—— なるほど。現在どれぐらいのプロジェクトを手掛けているのでしょうか?
丸本健二郎: 今30〜40ぐらいのプロジェクトを手掛けています。その中にはグランドデザインを描くだけでなく、「頓挫しかかっているプロジェクトを立て直してほしい」という依頼もあります。そのようなケースでは、既に絵は大体描けているものの、それを具現化するための適切なタスクや工程への落とし込みができていないことが多いんです。
そういう場合は、「そもそも、このプロジェクトの目的やゴールって何でしたっけ?」という原点に立ち帰って、「では、その目的を達成するには、どういう段階を踏まなくてはいけないのか?」といった具合に少しずつタスクを明確化します。
そうやって、ある程度プロジェクトが動き出したら私はお役御免ですから、そこから抜けて、次のプロジェクトの支援に回ります。このように1つのプロジェクトに付きっきりになるのではなく、自分の強みを生かして「具体的な絵を描く」「絵を具現化するためのポイントを示す」という活動に絞り込むことで、より多くのプロジェクトのお役に立てるのではないかと考えています。
重要なのは、「ステークホルダー全員がメリットを得られるバランスポイントを探る」こと
── 「経営」と「現場」との間の橋渡しや通訳をするというのは、実際にはかなり難しい仕事だと思います。どんなことを心掛ければ、そのようなスキルが身に付くのでしょうか。
丸本健二郎: 私自身、なぜこういう動きができるようになったのかうまく説明できないのですが、1つ心掛けていることがあるとすれば、「ステークホルダーの立場に立って考える」ということですね。
上は現場の立場が分からないし、現場は上の立場が想像できないので、どうしても上と現場との間でコミュニケーションの断絶が生まれやすくなります。そこで、間に立つ人間としては、できるだけ多くのステークホルダーの視点から物事を見て、それぞれの立場に立ってプロジェクトのメリットを説く必要があります。
ある人にとっては最善手でも、別の立場の人にとっては悪手であることも往々にしてあります。にもかかわらず、自分の立場から見たメリット、デメリットだけを一方的に言い立てるだけでは相互理解は進みませんし、プロジェクト全体もいつまでたっても前に進みません。
こうした状況を打破するには、ステークホルダー一人ひとりの立場を理解して、それぞれにとってのメリットとデメリットを丁寧に説いて全員の理解を得なければいけません。
── そうしたコミュニケーションの重要性はたびたび指摘されますが、実際にはステークホルダー各々の利害が複雑に絡み合いますから、なかなか実践するのは難しいですよね。
丸本健二郎: そうですね。その点、私のように外から来た中立の立場の人間だからこそ、そういう立ち回りが可能なのかもしれません。ただし、幾つかの点に気を付けるだけでも、立場の違う人とのコミュニケーションを円滑に回せるようになると思います。
例えば、上の人が突拍子もないプランをぶち上げて、現場から「そんなの到底、実現できっこない!」と反発を食らうことはしばしばあります。そんなときは、上の人に再考を促すこともあるのですが、かといって上の人が言うことをいきなり否定してもうまく説得できません。
そうではなく、「長期的には素晴らしいプランですけど、短期的に見るとまた別の課題が出てくるかもしれませんね」といった具合に、上の人の立場も配慮しつつ、現場の立場も理解してもらえるような表現をするよう心掛けています。
── 現場の方々とのコミュニケーションで何か心掛けていることはありますか?
丸本健二郎: 普段から、話す相手にメリットが生まれるような動き方をするよう心掛けています。そうすることで、「この人なら困っていることを解決してくれる」「この人に相談すれば話を上に通してくれる」と感じてもらえるようになり、こちらの話も通しやすくなります。
人は元来、変化を嫌う生き物ですが、それぞれの立場に寄り添って「こう変わることで、あなたの立場にとってはこんなにいいことがあるじゃないですか!」というコミュニケーションを心掛けながらステークホルダー全員がメリットを得られるバランスポイントを探っていけば、当初はバラバラの方向を向いていた人たちも、やがては同じ方向を向いてくれるようになります。
「1から3」を担える人材を育成する方法とは
── そのように、「多様なステークホルダーの観点から物事をとらえられる」のは、丸本さんがこれまでSIerや製品ベンダー、事業会社といった「さまざまな立場」でITに関わったり、社会人になってから大学に通ってビジネスを学んだりした経験が生きているのでしょうか。
丸本健二郎: ひょっとしたらそうかもしれません。エンジニアの世界では、アプリケーションのこともインフラのことも分かる「フルスタックエンジニア」が重宝されていますが、私のようなキャリアを積んだ人間は、さながら「ビジネスのフルスタック」なのかもしれません。確かに、さまざまなステークホルダーの立場を理解できるようになるには、実際にいろいろな職種を経験してみるのがいいと思います。
── なるほど。ただ、すべての人がそのような経験を積めるとは限りません。一方でこの役割はどの企業でも喫緊に揃えたい重要な役割となりますが、どうしたら、橋渡し役を担える人材を効率的に育成できると思いますか。
丸本健二郎: 確かに、本人がもともと持っているセンスも大きく影響すると思いますが、正しく訓練することによっても、スキルを身に付けられると思います。現在、私が関わっているプロジェクトのとある若手メンバーも、当初は目先の細かいことにしか頭が回らずに、システムやビジネスの全体像を俯瞰し、抽象化して絵にまとめたり、説明したりするスキルが欠けていました。
でも、経営とのミーティングに同席させて、私が説明する様子を見せたり、実際に絵を描かせてみたりしているうちに少しずつコツをつかんで、短期間の内にスキルアップしてくれました。
「ステークホルダーの立場に立って考える」というスキルについても、ただ漠然と頭の中だけで想像するのではなく、まずはITだけでなくビジネスを意識し「書き出して可視化する」ことをお勧めします。書き出してみて初めて、自分の理解の範囲が明確になりますし、分からない点も見えてきますから。
ただし、それを書かせるときにも、分からないことに対して安易に答えを与えるのではなく、少しずつヒントを小出しにして、「本人にとことん考えさせる」ことで、成長を促せるのではないかと考えています。
── そのような育成方法を採ることで、どんな人でも「橋渡し役」が演じられるようになるのでしょうか。
丸本健二郎: 実際には向き・不向きや適性はあると思います。いろいろな立場から物事を見る力や、物事を抽象化する力は訓練によって高めることもできますが、やはりセンスや適性も無視できないと感じています。
「目の前に見えているもの」だけを使って課題を解決しようとするタイプは、あまりこの役割に向いていないかもしれません。橋渡し役の人間は、ときにはステークホルダーには見えていないところから斬新な解決策を持ってきて「おお、そんな手があったか!」と、驚きを与える必要もありますから、やはり想像力や感受性は求められると思います。
── 「軍師」の数が少ない日本で、とは言ってもDXは今後の成長のためにも進めないわけにはいかない。企業はどのようにDXを進めていけばいいのでしょうか?
丸本健二郎: 企業が軍師としての能力を持つ人を独占せず、「複数の会社やプロジェクトでシェアする」という形をとることが、今の時代、最も効率的なのかもしれません。
私自身、「1から3」をスピーディにこなせるところに自分の価値があると思っていますから、1つの会社や1つのプロジェクトに縛られて「3から10」まで付き合うとなると自分の強みが生きません。従って「1から3」の部分だけに特化し、複数のプロジェクトを支援することで、より多くのプロジェクトを成功に導けるようになるのではないかと考えています。
この記事を読んで、「自分は軍師としてのスキルがある」と思った人は、このチャンスを生かさない手はないと思います。その能力を生かせるプロジェクトにどんどん参加して経験を積み、日本企業のDXを加速させる存在に育ってほしいですね。
【取材:三原茂・辻村孝嗣・後藤祥子(AnityA)執筆:吉村哲樹 企画・構成:後藤祥子(AnityA)】
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