改革のための戦略や戦術は、企業の規模や文化、IT資産、組織構造などによって異なりますが、成果を上げている企業は、どのようなプロセスで戦略を考え、実行しているのでしょうか——。
前編に続き、改革推進中の2社のリーダーによるインタビューをお届けします。登場するのは、総合水処理エンジニアリング大手のオルガノで情報システム部門のリーダーを務める原田篤史氏、歴史ある不動産大手の東急不動産ホールディングスで情報システム部門を率いる本保亮祐氏と柏崎正彦氏です。
バラバラだったグループ会社のシステム運用をシンプルに
——では、東急不動産ホールディングスの戦略をお聞きします。まず、グループ全体のビジョンと本保さん、柏崎さんのミッションを教えてください。
東急不動産HD 本保氏: 東急不動産ホールディングスグループの2030年ビジョンでは、2025年までにDXの一環として「データの統合」と「BPR」の分野を手がけ、2030年までにビジネスに落とし込んでいく計画です。
IT方面で遅れている、といわれがちだった不動産業界も、昨今ではIT化が進んでおり、AIマッチングによる仲介サービスや、条件を入力するだけで不動産の事業計画や収支をシミュレーションするようなサービスが登場しています。こうした効率化につながる技術を、会社としてどう選び、実装していくかを検討しています。
東急不動産HD 柏崎氏: 私はここ数年、ホールディングスグループ子会社のITまわりの運用をまとめるところに注力しています。
東急不動産ホールディングス株式会社
グループDX推進部 ITサービス企画グループ ITスペシャリスト
柏崎正彦氏
背景からお話しすると、ホールディングスとしてグループ会社になったときに、「各社のITをまとめて効率化する」ことになったのですが、ツールやシステムこそ同じものを使っているものの、運用はバラバラだったんです。
「運用をまとめる」のは、長期的な視野で考えるととても大事なことなのですが、それが経営課題に上がるかというと、まず上がらない。なぜなら、「今、人手をかけた運用でまわっているならそれでいいでしょ」ということで、なかなか課題として認識されないんです。
しかし、いつまでも電話やメールでサポートし続けるのはコストもかかるし効率が悪いですよね。どこかのタイミングで変えなければ、と思って、同じサポートができる基盤の導入を考え始めたんです。時間はかかりましたが、会社の規模やツール、システムの状況を考えた上で、最も適していたServiceNowの導入が決まったのです。
オルガノ 原田氏: 現状、問題なさそうに見えるところを変えようと経営陣を説得するのは難しいですよね。いったい、どうやって稟議を通したんですか?
東急不動産HD 柏崎氏: 私はひたすら運用を統合した場合の効果を言い続けていましたね。稟議を通したのは本保です。
東急不動産HD 本保氏: 2013年にホールディングスグループを設立した段階で、順次、IT周りの統合をしていく流れはあったんです。はじめにネットワークをWANに統一して、次にゲートウェイを統一し、その次にデータセンターを1つにしようということで進めていました。
次にどこを統一しようかという話になった時に、パソコンやヘルプデスクの一次受けを統一しようとなり、それなら運用のためのツールも統合しようということになったんです。IT部門長に話を持っていく時には柏崎も同席して、「ネットワークとインフラ・データーセンターは統一されたけれど、体制と運用が進んでいないですよね」と話したところ、それならここを進めよう、ということになったんです。ようやく経営戦略に運用が乗ってきた格好です。
オルガノ 原田氏: ちょうどいいタイミングだったのですね。
東急不動産HD 本保氏: そうですね。イメージとしては、このツール上に運用を集約することで、各社の情シスメンバー同志のコミュニケーションもスムーズになるし、問い合わせのデータを統合すれば、効率の良い対応も可能になる——というところですね。自動化も進むので、長期的に見れば必ずROIが出るはずです。
オルガノ 原田氏: 自動化してROIが出ないはずがないですよね。自動化の流れは、今後、加速する一方だと思います。
社員も情シスもSaaSで働き方を変えていく
オルガノ 原田氏: SaaSによる効率化や自動化は、私たちの働き方を大きく変えていますよね。
東急不動産HD 本保氏: 本当にそう思います。弊社の例でいうと、Kintoneで再開発プロジェクトの作業が大幅に効率化されました。この手のプロジェクトは10年くらいのスパンで何百人、何千人という地権者の方々と話をするのですが、議事録を全て国土交通省に送る必要があるんです。
これまではワークシートを使っていたので、作成や管理に膨大な手間と時間がかかっていたのですが、Kintoneを導入して地権者さんごとにデータベースを持つようにしたので、管理の手間が大幅に軽減されました。データベースに議事録を添付して打ち合わせの履歴を書いておけば、探すのも楽ですし、最近では打ち合わせの音声データを音声認識システムのAmiVoiceでテキスト化できるので、議事録の作成自体もずいぶん楽になりました。
東急不動産ホールディングス株式会社
グループDX推進部 ITサービス企画グループ グループリーダー 上席主幹
本保亮祐氏
東急不動産HD 柏崎氏: 社員のITに対する考え方も、コロナ禍を契機にずいぶん変わりました。
東急不動産HD 本保氏: テレワークやオンライン会議が当たり前になりましたし、電子契約システムの実装で、押印のために出社するようなことも減りました。ITに対する理解は確実に進みましたね。
緊急事態宣言の発出に伴う在宅勤務への対応については、経営陣が「IT部門のおかげ」と言ってくれたこともあって、情報システム部門に対する見方も変わったように思います。
オルガノ 原田氏: 情シス部門の人たちにマインドの変化はありましたか?
東急不動産HD 柏崎氏: そこはまだ、これからですね。ServiceNowの活用を通じて、新たな情シスのあり方を伝えていきたいと思っています。
弊社の情シスは、社員の困りごとに丁寧に寄り添う、いわば「守りの情シス」が多いんです。ServiceNowの導入などの「攻め」の領域に取り組んでいるのは、本保や私のような中途採用組がほとんどなのですが、ServiceNowの取り組みを通じて、これからの情シスのあり方を知ってほしい、という思いがあるんです。
目指すのは、新たな技術やツールの知識を身につけ、自社のビジネスに貢献するITのあり方を「自分の頭で考え、判断できる情シス」。ベンダーやSIer、コンサルタントと話をする時、対等に話ができる人材を増やしたいんです。
ServiceNowによる運用の統一が進めば仕事が大幅に効率化されるので、これまでやっていた作業から解放される人も出てくるはずです。その時はまさに、新しいことを学ぶチャンスですから、そこに時間を使ってほしい。
情シス部門はコストセンターと言われることが多いですが、こうした状況を変えていくには、自分が企画したIT施策で「コストを下げるか」「売り上げを上げるか」で勝負するしかない。この視点を持って改革に取り組む仲間を増やしたいですね。
ですからServiceNowを導入する時、IT部門の仲間たちには「導入の真の目的は、チケットをさばくことでも、ナレッジを貯めることでも、効率の良い資産管理でもなくて、運用の統一によって空いた時間で新しいことをやっていくこと」と話しました。もっと稼げる情シスになろうよ、と。
オルガノ 原田氏: たしかに。そういった知識やスキルを身につけていかないと、社員全体のリテラシーが上がった時に困りますしね。
東急不動産HD 柏崎氏: そうですね。ただ、どちらの道を選んでもいいと思うんです。今までのような社員に寄り添う仕事も大事ですから、そこで勝負したい人はそれでいい。でも、新しいことにチャレンジしたいという人も出てきてほしい、という思いがあって、原田さんが言う「自ら考え、行動する」の方向に重なりますね。
オルガノ 原田氏: そうそう、そこに内発的動機につながる何かがあるといいですよね。
東急不動産HD 柏崎氏: それでいうと、ServiceNowを使った「社員からの問い合せ対応を効率化するためのチケットシステム」が、その役割を果たしているかもしれません。ServiceNowでナレッジをつくって、社員から問い合わせがあったら「ここを読んでください」と返す仕組みを構築したのですが、今では単純なPC周りのサポートについては7割くらいをナレッジで返せているんです。
弊社も真面目な人が多いので、ナレッジで返せる割合がだんだん上がってくると、「このナレッジは、もっとこうしたらいいよね」「こうしたほうが効果が上がりそう」という形で議論が生まれる。これはいい流れだと思っています。
オルガノ 原田氏:なるほど、やはり達成感は人を動かす大きな原動力になりますね。
人がつながらないとITはつながらない
—— 業態も文化も異なるホールディングス各社をまとめ、IT領域の統合を図っていくのは、大変だったのではないでしょうか。
東急不動産HD 本保氏: 今、統合について直接、やりとりしているのは20社くらいですが、確かに不動産業から管理会社、仲介会社、老人ホームの運営会社までと幅広く、それぞれ業態も利益率も異なります。当然、ITにかけられるコストも違うので、その差を埋めていくのは難しい面もありますね。
—— その差はコミュニケーションで解消しているのでしょうか。
東急不動産HD 本保氏: そうですね。私のような中途入社の人間の方が、しがらみがないので調整役には向いているのかもしれません。入社した時は下っ端だったので(笑)名前を覚えてもらおう、自分を売り込もうと意識していたので、コミュニケーションを仕掛けることにそれほど苦はなかったですね。
具体的には、グループ会社のIT部門に「何か困ったことはありませんか」と会いに行って、問い合わせが来たら調べて回答する——ということを繰り返しました。そのうちだんだんとグループ会社の人たちに顔を知られるようになってきて、そこから統合の話を持って行ったので、話を聞いてもらいやすかったですね。
オルガノ 原田氏: 最初は信頼が大事ですよね。信頼関係ができていないと、何も進まない……。
東急不動産HD 本保氏: 同感です。人がつながらないと、ITもつながらないですよね。
オルガノ株式会社
経営統括本部 業務改革推進部 情報システムグループ長
原田篤史氏
導入したツールを使いこなしてもらうために
—— 2023年はIT戦略のどの領域にフォーカスして取り組むご予定ですか?
東急不動産HD 本保氏: ホールディングスグループとしては、昨年度から進めているゼロトラストネットワークの実装と、サーバーのIaaSへの移行が佳境に入っているので、それを進めることですね。運用の統合については、ホールディングス直下の会社と分科会を開いて方針をつくったので、その実装を目指しています。
東急不動産HD 柏崎氏: 実は最近、長年の課題を解決できそうなツールが出てきたので、それを試しているところです。
いつも「社員にもっとツールを使いこなしてもらえたら……」と思っているのですが、そもそも同じツールでも業務や役職によって使う機能が違いますよね。とはいえ、使う人に合ったマニュアルを個別に作成するのは難しいし、マニュアルがなければ使いこなすことを諦めている人を救うことができません。使う人が、「これ、どう操作すればいいんだろう」と思った時、すぐわかるようにするにはどうしたらいいのか、ずっと考えていたんです。そんな時、PendoというSaaSを見つけて……。
オルガノ 原田氏: ツールの操作をガイドしてくれるSaaSですね。
東急不動産HD 柏崎氏: それです。ガイドを出すだけのツールならほかにもありますが、Pendoはセグメントごとにガイドを出し分けられるんです。例えば新入社員向けのガイド、経理の人向けガイド、経営層向けガイド——といった具合です。これをうまく使って、「このボタンを押したら何が起こるかわからなくて心配」という人に、「このボタンは押しても大丈夫」ということがわかるガイドを出してあげたいんです。
ガイドがどれくらい使われているか、というデータも取得できるので、ツールや機能の利用率を分析することもできる。セグメントごとにガイドを出し分けるとどんな効果があるのかもわかって、面白そうですよね。
オルガノ 原田氏: それはいいですね。ツール活用の教育が楽になりますし、使う側も心強い。
東急不動産HD 柏崎氏: そうなんです。ツールを使うのが苦手な人に、「このツールの新機能は……」みたいなメーリングリストを送ったところで見ないですよね。
先日、ツールの機能を紹介する社内メールのリンク先をBoxにして、どれくらい読まれたかチェックしたところ、あまり読まれていないことがわかって……。こういうことまでデータで可視化できれば、労力の割に効果がない施策をやめる場合の裏付けにもなりますよね。
オルガノ 原田氏: 先に出たServiceNowのサポートチケットの話もそうですが、今までデータがなくてできなかった「施策の可視化」が、ツールを使ってできるようになってきましたよね。
東急不動産HD 柏崎氏: 今までできなかったことが、SaaSやローコード・ノーコードツールで実現できるようになってきたのはありがたいですね。ローコード・ノーコードでつくったシステムでも、レビュー・実装・運用に移して、そこからの監視とフィードバック、と一連のサイクルを効率的に回すことや、他のシステムとの連携もスムーズにできる仕組みがあります。コーディングの民主化というか、アイデアを形にすることが容易にできるようになりました。
また新しいツールが次々と出てきてるので、常にアンテナを張って情報収集するようにしています。Pendoを知ったのも、IT系のコミュニティ経由だったんですよ。
オルガノ 原田氏: 情報感度を上げるために、外に目を向けるのは大事ですよね。自社の中だけに閉じてると、先駆者の声を聞き逃してしまいます。私はITに詳しくなかったこともあって、あちこちの先駆者の方々に「話をきかせてくれませんか」とメッセージを送ったのですが、多くから返事をいただいて話す機会をつくることができました。そこでお聞きしたことをアウトプットし続けたことが、今、とても助けになっています。
東急不動産HD 柏崎氏: 同じことで困っているケースも多いので、情シス同士、助け合って解決していきたいですね。
そう、そんな横の情報コミュニケーションがこのBJCCの意義ですよね!と一同、声をそろえ、夜の街角に場所を変えて更なる激論を展開したようです。
【構成・執筆:後藤祥子(AnityA) 撮影:永山昌克】
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