2020年春——。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い発出された「緊急事態宣言」を受け、日本企業の働き方も大きく変わりました。
仕事は在宅で、会議はWeb会議システムで、会話はWeb会議やチャットツールで——。多くの企業が、これまで当たり前だった働き方とは大きく異なる「新しい働き方」を余儀なくされたのです。
企業がコロナ禍に伴う“半ば強制的な働き方改革”を押し進めたことは、さまざまな気付きをもたらし、さらなる変化のきっかけになる——。そう話すのは、「Business Insider Japan」の統括編集長を務める浜田敬子さん。このピンチをチャンスに変えられるか否かが、今後の企業の成長を大きく左右すると話します。
コロナ禍による働き方改革が企業にもたらした「気付き」とはどんなものなのか、コロナ禍を機に「今までなかなか変われなかった日本企業」は本当に変われるのか、変化を力に変えるためにはどうすればいいのか——。浜田さんの考えをお聞きしました。
【浜田敬子氏プロフィール】1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、『週刊朝日』編集部を経て、99年から『アエラ』編集部。記者として女性の生き方や働く職場の問題、また国際ニュースなどを中心に取材。2004年からは『アエラ』副編集長に、その後、初の女性編集長に就任。2017年よりオンライン経済メディア『Business Insider Japan』の統括編集長に就任。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)がある。
変われない国、日本——そもそもの原因はどこに?
—— バブル崩壊から約30年、日本がなかなか前進できない理由はどこにあるとお考えですか?
浜田:日本は非常に変化が苦手な国だと思っています。その理由は、企業の経営層に「変わることによるインセンティブを持てない人が多い」からだと思います。
組織が「変わろう」と決断する時、その音頭をとるのは、「裁量を持ち、権限がある意思決定層」ですが、日本企業の場合、その多くが「変わる理由を見出せないシニアの男性たち」で占められているのです。
彼らには高度経済成長期からバブル経済を経て、「日本企業を世界でトップクラスの地位に導いた」という経験と自負があります。その成功体験があまりに強固であるがゆえに、時代が変わった今でも、「ビジネスのやり方や組織づくりの方法を変えよう」という意識がなかなか働きません。
世界の変化を見て、「変わらなければ」という危機感がある経営者も増えてきてはいます。ただ、過去の成功体験が大きければ大きいほど、意識や行動を変えようというモチベーションが上がりづらくなりますし、仮に「変わろう」と思っても「それ以外」の方法を知らない。構造的に、変化しづらい状態になっているんですね。
ですから、本当に変わろうとするなら「外からの圧力」が必要になります。外圧として経営層や意思決定層に「今までとは違う考え方、例えば「違う」成功体験を持っている人」を入れて、多様性のあるメンバー構成にしない限り、難しいでしょう。
多くの企業でそれができなかったから、今の「変われない日本」がある。多くの企業の経営層における中途入社の数や男女の割合、年齢構成を見ても、大きな変化がないことからも、その実情が垣間見えます。
その一方で、ディスラプション(デジタルテクノロジーによる破壊的イノベーション)に直面した企業や、グローバル化で成長を目指す企業の中には、新しい考え方やそれに伴う「変化」を受け入れ、新たな価値観のもとで組織のあり方やビジネスモデルを再考するところも増えているのです。
プロ経営者の松本晃氏をトップに据えてダイバーシティ経営を根付かせたカルビー、いち早く副業解禁に取り組んだロート製薬、離職率28%だった会社を働きがいのある会社に改革したサイボウズなどは、そういった成果が出ている例だと思います。
これまでさまざまな企業のリーダーに話を伺ってきて感じるのは、「変われない企業」と「変化を受け入れた企業」との間で二極化が進んでいる——ということです。
コロナ禍で「誰もが変化を余儀なくされた」その時、企業は……
—— 「変われない日本企業」が「変わらざるを得ない状況」に追い込まれたのが、新型コロナウイルスの感染拡大、そしてそれに伴う緊急事態宣言でした。
浜田:この緊急事態宣言は、企業にさまざまな「気付き」をもたらしました。
「気付き」というのは、これまでと違うことをやってみて、その差分が分からないと得られません。コロナ禍で一番インパクトがあったのは、実は多くの人が「これまでと違う行動」を取らざるを得なくなった「実体験」だったと思うんです。
コロナの渦中では、今までの常識が常識でなくなりましたよね。多くの企業がこれまで、全社的な導入に二の足を踏んでいたリモートワークや在宅勤務も、ほぼ「しないという選択肢はない状況」に追い込まれたわけです。そこで、やむを得ず実施したところ「案外、できるじゃないか」と実感した企業や従業員が多かったのではないでしょうか。
このような「やってみたら良かったこと」は、コロナ禍など想像を超えた事件や災害によって習慣や価値観がガラリと変わり、その状態が不可逆的な時こそ定着しやすい。これを機に日本企業が変われるか否かは、“変化の価値に気づいた企業”のどのくらいが、その効果を継続して検証し、新たな仕組みを作って働き方をブラッシュアップできるか——に、かかってくると思います。
「気付き」という観点ではもう一つ、コロナの渦中では、フルタイム出社があたりまえだった時には見えなかった「人の価値」も見えてきます。
例えば、これまで育児や介護で「フルタイム出社」が難しいことから、時短勤務を取らざるを得ず、「生産性が低い」とみられていた人が、在宅勤務が当たり前になり、全ての社員が同じ条件で働くようになると、実は生産性の高い人材だった、と分かるようなケースも出てきています。
これはまさに、コロナ禍をきっかけとする「気付き」が、「変わる理由を見出せなかった人たちが支配するモノカルチャーの世界」を、「さまざまな価値観を持つ人たちが混ざり合って新たな価値を生み出していく世界」に変えるきっかけになることを示唆していると思うのです。そして、それこそが「ダイバーシティ」の意義なのです。
つまり、「Withコロナ時代の働き方」を考える上ではダイバーシティの視点が欠かせない。コロナ禍によって企業の働き方が変わると、IT化は加速し、その結果、ダイバーシティの考え方は避けられないものとなり、脱モノカルチャーが進む——。コロナ禍に伴う「気付き」は、企業にこのような流れをもたらすきっかけになるのではないでしょうか。
コロナ禍を機に企業は変われるのか
—— コロナ禍を契機に、日本や日本企業は変われるのでしょうか。
浜田敬子:正直なところ、コロナ禍に伴う働き方改革だけで一気に変わるのは難しいと思っています。日本企業を根本から変えるには、新卒一括採用、終身雇用、年功序列という「日本型雇用3点セット」を見直す必要もあるからです。
ただ、テレワークの定着で変わったことが、他の変化も引き起こすのではないか、とは思っています。
例えば在宅ワークの環境下では、マネジメントが難しくなったという声を聞きます。普段の仕事ぶりが見えなくなった分、「あなたの仕事はこれで、こういう結果を出せばこのような評価につながりますよ」というように、仕事の内容と評価基準を明確化しないと仕事が回らなくなりますし、適切なマネジメントもできなくなります。
在宅勤務の定着とともに「評価の仕組みを見直そう」という話が出てくれば、「これまでの年功序列制度は今の働き方に合わない」ということになって、次の改革につながる可能性があります。
企業にも長年培った文化や習慣があるので、一気に変わるのは難しいでしょう。でも、1つの歯車が変わると、それによって別の歯車が変わり、それが変わるとまた、関連する歯車が変わる——というように、いくつかのステップを踏むことで企業は変わっていけると思うんです。
「コロナ禍以前の働き方」に戻らないために
—— 緊急事態宣言の解除を受けて、元の働き方に戻ってしまった会社も少なくありません。
浜田敬子:これは本当に大きな問題です。エディンバラ大学の調査によると、そもそも日本は欧米諸外国に比べて、コロナ禍の在宅勤務比率が低いだけでなく、緊急事態宣言が終了した6月には、そのうちの半分が元の働き方に戻ってしまっているんです。日本は「戻る力」が非常に強いと感じます。
戻った理由についてはいくつかあると思いますが、アドビシステムズの調査から分かったのは( https://blogs.adobe.com/japan/dx-global_survey_on_productivity_under_covid19/ )、「在宅ワークによって生産性が下がった」と回答している人が半数近くにのぼっていたことでした。
在宅ワークによって生産性が下がるケースは、大きく2つあると思っています。1つはITインフラが整っていないことによる生産性の低下ですね。
ある一部上場企業に取材した時にお聞きしたのですが、緊急事態宣言が起こった直後の在宅ワークでは、リモートワーク用のPCが足りなかったり、社員が一斉にVPN(Virtual Private Network)にアクセスしたことからサーバーやネットワークに負荷がかかってアクセスしづらい状態になってしまったりと、IT環境の不備からさまざまな問題が起こったそうです。
こうしたIT環境を構築するための投資を「これからの働き方を考える上で欠かせないもの」と判断し、在宅ワークを前提に改善を進めた企業はその後、生産性が上がっていると聞きました。
もう一つはマネジメントの問題です。これは会社全体の問題というより、マネジメント層の手法によるところが大きいですね。
そもそも、在宅ワークでは社員同士が顔を合わせる機会が激減するので、メンバーのマインドを揃えるだけでも大変です。さらに上司と部下の間に信頼関係がないと、上司は不安になって過度な管理や監視に走ってしまうケースも少なくありません。
人事関係者の間でも、在宅・リモートワークの環境下のマネジメントでは、これまでとは別のスキルが求められるという話も出ています。今後はテレワークの時代に最適化した研修などで新しいマネジメント手法を学ぶ必要もあると思います。
このように元に戻ってしまう理由はいろいろありますが、もともと「変われない体質」が根強く残っている日本では、かなり意識的に「せっかく起きた変化を戻さない、新たな気づきを定着させる」という、より強い意思が必要だと思います。
「変化」を「力」に変えるために
—— コロナによって変化した働き方を定着させ、成長する力に変えていくためにはどうしたらよいのでしょう?
浜田敬子:働き方が変わることで、自分や会社にどんな変化が起こるのか、それによってどんな人材がどのように活躍できるようになるのか——といったことを高い解像度でイメージしてみるのがいいと思いますね。
目標が大きすぎたり、抽象度が高すぎたりすると、実現するのが難しくなりますから、例えば、自分たちにとっての「身近な課題」と「今、起きている変化」をどう掛け合わせたら、よりよい変化につながるのかを考えてみるのもいいでしょう。
最近だと、在宅ワークができるようになったのはいいけれど、ブレストや雑談から生まれるアイデアが出にくくなった、という話を聞きますよね。例えばそこで、「在宅ワークの環境下で人が集まりやすく、アイデアを出しやすくするためにはどうしたらいいか」を考えてみる。
今の働き方の延長線上で「ハイブリッド出社にする」という方法もあれば、「家にいながら実際に集まっているような感覚で使えるコミュニケーションツールを活用する」という方法もあります。コロナ前のように会社に出社しなくてもできる方法がいくらでもあることが、在宅ワークの経験から分かるはずです。
そして、こうした身近な課題を見つける時には、いつもの決定権者だけではなく、若手社員などにも聞いてみることです。これまでの働き方やマインドセットに課題を感じている人が多いので、ここぞとばかりに喜んで意見やアイデアを出してくれるはずです。
このようにして、多様な人の多様な意見を聞きながら改善を図っていくことで、変化を力に変えられるのではないでしょうか。これもまさにダイバーシティですよね。
ダイバーシティを根付かせるためにITができること
—— コロナの時代にダイバーシティを根付かせていくために、ITツールが役立つシーンはありますか?
浜田: ダイバーシティの本質は「異なる価値観を混ぜ、新しい価値を生むこと」だと思っていますが、社員が対面で会う機会が減るコロナの渦中では、それが難しくなります。知らない部署の人はもちろん、同じ部署の人ですら交流する機会が激減しますから、Web会議やチャットなどのIT活用が不可欠です。
例えば、在宅ワークが増えたBusiness Insider Japanの編集部でも、副編集長がとても丁寧にスタッフのマネジメントをしています。これまでは日々の雑談の中で、企画の切り口や進め方を話し合ってきましたが、在宅ワークをしている今はあえてそのための時間を作ってWeb会議サービスの「Zoom」で打ち合わせをしていると聞きました。むしろコミュニケーションの時間は増えて、企画の打ち合わせだけでなく、体調やちょっとした悩みなどの相談にも細やかに乗っていると。
部下のコンディションも、出社して顔を合わせていれば、話し方や雰囲気で分かりますが、今はそれもできないので、編集部のメンバーがランチを食べながら、なんでも好きなことを話せる「ランチタイムチャット」という時間もつくっています。
リモートワークや在宅ワークが定着してきた企業は、社内のサイロ化(社内の部門間の分断化)を懸念し始めています。そこに気付いた企業の中には、あえて異なる部門を混ぜたチャットルームを作ったりしているところもあると聞きました。
—— ITを使ったコミュニケーションは、企業にどんな変化をもたらすのでしょうか?
浜田敬子: コミュニケーションがフラットになるという意味で、ダイバーシティを根付かせるのに大きな役割を果たすと思います。これについては、サイボウズの代表取締役社長を務める青野慶久氏に取材した時にお聞きした話が興味深かったですね。
青野さんといえば、働き方改革で知らない人はいないくらい有名で、自社の改革を自ら推進してきたことで知られています。
そんな青野さんが、全社一斉の在宅勤務が始まって、オンラインミーティングが主流になった時に、「自分は今までフラットなコミュニケーションを心がけていたつもりだったが、完全にはできていなかったことに気づいた」と言われました。「相当、気をつけてきたはずなのに、東京本社と地方支社との間で情報の非対称性が生じていたことに気がつかなかった」と。
東京も地方も同じオンラインでコミュニケーションするようになってはじめて、コロナ前は東京本社の中だけで流通している情報がいかに多かったか、それによって地方の意見が取り入れづらくなっていたかが分かったというわけです。本社と支社のスタッフが混ざれなかったのも、ダイバーシティの課題の一つですよね。
そもそもオンラインのコミュニケーションは、ツールの特性上、「誰が偉い」「誰に発言権がある」といったことがなくなるから議論が活発になる——と青野さんは話していて、「だから僕はもう出社しない。出社しちゃダメなんだ」とまでおっしゃっていましたね。
企業のIT化も、ダイバーシティの浸透も、とにかく大事なのは「やってみて気付く」ことです。強制的ではあったかも知れないが、このコロナでこれまで経験したことがないことをやってみて、これはマズいと思ったことから目を背けず、多様な人の意見を聞いて改善していけるかどうか——。それがコロナの時代に企業が成長できるか否かの分かれ目になると思います。
【取材:三原茂・辻村孝嗣・後藤祥子(AnityA) 執筆:後藤祥子(AnityA)】
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